高砂西港
50年前、物心ついたときからの遊び場だった。
会社勤めもあと3年
登山なら山頂が見えてきた感じ。
そこまで生きて辿り着けるか。
辿り着いたら何するかな。
<わかったこと>
会社は窮地に陥ると残るのは
優秀なやつかポンコツである。
ポンコツは外部から来る場合もある。
<次にやること>
会社を離れること、法規はくだらない
人間の醜態の縮図、もうええわ。
自動車なんて動けばいいし
のんべんだらりとゆく
そこからが本当の、自分の、
人生のスタートのような気がする。
この工場敷地が庭と思ってた小さい頃
向こうの台形の丘にPCBが埋められている。
PCBの丘の上はアスファルトの地平線で
当時、子供的には自由にはいれて
ラジコン、ゲイラカイト天国であった。
高砂小学校 1876年~
卒業して45年、ほぼ変わらないね~
先生の指示で朝礼台の移動するとき、
生徒で担ぐのだが、掛け声は小学生でも
「ア~ヤァ~しょ~え」からの「ヨーヤサー」
降ろすときは「どっこい、まかしょ~」
だったな。
1976年 100周年
どこに並んでたか忘れたな。
今年は150周年か~
地球滅亡しなければ200周年いけそうやな。







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